- 1/5

 俺ことさかき祐二ゆうじの生活は標的であるシキミを起こすことから始まる。
 無駄であると知りつつも一応扉をノックもするが、もちろん返事はなし。それぐらいで起きるようなら、わざわざ俺が行くまでもない。
 仕方なくいつもと同じように、高価そうなドアノブへと手をかける。
 扉を開けると、北向きの窓にかけられた真っ白なカーテンが静かに朝の風に揺れていた。無駄に広いこの部屋の家具は三つのみ。中央付近に置いてある真っ白な机と真っ白な椅子。そして同じく真っ白な天蓋付きのベッド。白を基調とした無音の部屋は生活臭をまるで感じさせなかった。

 この部屋の主はベッドの上で静かに寝ていた。ぶかぶかのパジャマに包まれた雪のように白い肢体。影ができるほど長い睫毛、つんとした小さな鼻、薔薇のように紅い唇。一瞬死体かと見まがうほどその姿は美しく、時折聞こえてくる小さな寝息だけがこいつが生きていることを証明していた。

「おい、起きろ」

 こいつも寝ていれば年相応に見えるものを。起こすのがもったいない。

「起きろ」

 体を強くゆすってやると、ようやくシキミは目を覚ました。

「あぁ……、おはよう祐二」

 目をこすりつつにっこりと微笑む様子はまるで童話の中のお姫様のようだったが、後に続く言葉がすべてを破壊する。

「いつも言ってるでしょう。起こすときは首を絞めてって」

 この変態が。俺は寝ている人間を襲うほど、外道なつもりはない。いや、襲ったことがないわけじゃないが。

「いつものやつは、どこ」
「そこの机」

 いつものやつ。それは砂糖と蜂蜜がこれでもかというくらい入った甘々な液体、もといミルクティだ。こいつの猫舌に合わせ温度は人肌程度。

「うん、おいしい」

 そんなものをおいしいと言えるこいつの味覚が俺には分からないが、依頼人が喜んでいるならよしとする。

「毒でも淹れてくれればよかったのに」

 首を絞めて起こせ、の次に言うことが、毒を淹れろ。明らかに普通じゃない。悪いが毒殺なんて野蛮なもの、俺はするつもりはない。いや、過去に毒殺をしたことはあるが。