ある夜のこと。
真夜中を過ぎた頃だろうか。息苦しさに目覚めると、俺の体の上にシキミがのしかかっていた。明かりは微かに差し込む月の光のみ。暗闇の中、奴の白い肌が目に焼きつく。その白い手は、今にも絞殺さんとばかりに俺の首にかかっていた。
「お前っ! 何してんだよ……っ」
俺としたことがすっかりと寝入ってしまったらしい。この家に住むようになって以来、人の気配に鈍感になっていた。以前の俺ならシキミがこの部屋に忍び込んだ時点で飛び起きただろうに。
「何って、見て分かんないの? 祐二が僕のこと殺してくれないなら、僕が先に殺しちゃおうかなぁって」
天使のような微笑みでさらりと殺人を告白する。
「ふざけんな……っ」
この細く小さい体のどこにそんな力があるのか、首にかかった手をほどこうとするもびくとも動かなかった。徐々に息が苦しくなっていく。
やばい。シキミは本気だ。人を殺すことをなんとも思っちゃいねえ。それどころか楽しんでやがる。それと同時に、初めて出逢ったときにこいつから感じた禍々しい空気を思い出していた。普通ではありえないほどのどろどろと濁った空気を。可愛らしい見た目とは裏腹に奴はそんな雰囲気を醸し出していたのだ。
「あぁ、祐二キミの顔最高。もっと苦しんでよ」
俺は悟った。こいつはただ殺されたいだけのマゾヒストなんかじゃない。マゾヒストの皮をかぶったサディストだ……っ。
「くそっ」
それでもなんとか一瞬の隙を突いてシキミの拘束を解き、ベッドに押し付ける。形勢逆転。だが、それすらも予想していたかのように
「うん、やっぱり祐二はそうでなくちゃね」
「く……っ」
「ねぇ、今僕の上に祐二が乗ってるんだよね。なんか変な気分になっちゃうなぁ」
くすくすと忍び笑いを漏らす。
つい、かっとなってシキミの首に手をかけ力をこめる。
「嬉しいなぁ。愛してやまないキミが僕を殺してくれるなんて」
首を絞められているのに苦しむどころか恍惚とした表情すら浮かべて、彼は微笑む。
紅い唇から零れ落ちる涎、快楽に細められた目から流れる涙、次第に色を失っていく肌。それはまるでよく出来た人形のように現実味がなく、このまま透明な棺にでもいれて飾っておきたくなるほどの造形美だった。
俺が今まで殺してきた中で、こんなにも美しい死に顔があっただろうか。
「……」
ふ、とシキミの首にかけていた手から力を抜き、奴を解放した。
唐突になだれ込んできた空気でむせるシキミ。
「なんだ、つまらない。僕のこと殺してくれないんだ」
涙で潤んだ瞳で睨みつけるが、その眼光にいつものような鋭さはない。
「今は殺さねぇよ。今お前を殺しちまったら、俺はまた元の暮らしに戻っちまうからな」
いっそこのまま殺してしまおうかと考えた。けれども、寝込みを襲えば俺がどんな行動を取るか分かっていて、こいつはあえてそれを仕掛けたのだ。もしここで俺がシキミを殺してしまえば、奴が望んだとおりの結果になるだろう。
誰かの思い通りに生きるなど、まっ平ごめんだ。そんなの何でも屋、いや榊祐二としてのプライドが許さない。
「ちぇ、だ」
簡単には殺してやらない。シキミの望みが愛する人、つまり俺に殺されることだとしたら、俺はその逆をしよう。このくだらない世界で、お前を生かし続けてやる。
「お前何でこんなことしたんだよ」
そんなことをシキミに告げられる筈もなく、話をすりかえる。
「だってこうでもしないと祐二は僕のこと殺してくれないでしょう」
分かっていたが、なんて奴だ。こいつはもし俺が目覚めなかったら、きっと本当に殺していたに違いない。
それから、今までのふざけた態度はどこへやら、空気をがらりと変えまじめな声色で彼は告げる。
「今日は諦めてあげるけど、次こそはちゃんと殺してよね」
シキミはにやりと唇を歪ませて笑った。
「僕を殺していいのは祐二だけなんだから」