09 好きを使った好きなシーン 「暗闇の果て、その瞳に映るものは」
霧のように静かな雨が降り続いている。日本海に面した自殺の名所として名高いこの場所で、僕はきみを待っていた。二人の行く末を暗示するかのように、岩場に打ち付ける波は激しさを増していく。
「手塚君、久しぶりだね。卒業式以来かな、きみにこうして会うのは」
「お前……まさか、結城なのか」
きみは信じられないといった表情で僕を見る。老若男女を問わず計七人を手にかけた連続殺人鬼。犯人を追いつめた先にいたのがかつての同級生だったのだから、無理もないのかもしれない。
「お前、何でこんなことやったんだ」
久しぶりに再会したきみは少年だったあの頃とは違い、社会の荒波にもまれ、今では立派な大人へと成長していた。ただ連日の捜査の疲労は隠せず、目の下には色濃く隈が滲み、スーツは皺だらけだった。それでも、強い意志を宿したその瞳だけは相変わらず僕を惹きつけていた。
「本当に学生時代の夢を叶えてしまうなんて、やっぱり手塚君はすごいな」
僕は思い出す。友人に将来の夢を聞かれたときに照れながら刑事になりたいと話していたきみのことを。
「お前こそ、あんなに頭がよかったのに、この十年の間にいったいなにがあったんだ」
十年前、教室の片隅でひっそりと本を読んでいた僕に対し、きみはいつもたくさんの友人に囲まれていた。後輩に慕われ、先輩からは可愛がられ、教師にも目をかけられる。持ち前の明るさと誰にでも分け隔てなく接するその姿に、誰もが好感を抱いていた。ただ一人、僕を除いて。
「天才でいることに飽きたんだ」
僕は自嘲気味に笑う。
「生きていくのがつまらなくなってね。全てを手放したとき、何故だか君の顔が浮かんだんだ」
かつて僕は天才と呼ばれていた。一聞くだけで、百理解する。全てが僕の掌の中にあった。そんな何もかもが思い通りに動く世界の中で、唯一きみだけは想像を超えていく。
「刑事であるきみに会うためにはこうするのが一番だと思っただけさ」
それはシンプルかつ合理的な答えだった。何故こんなにもきみに惹かれるのか。その答えを探るべく僕はきみに会う必要があった。
「それだけのためにこんな事件起こしたっていうのか」
怒りのあまりきみの声が震える。仕方ないことだ。僕が殺した七人。その中にはきみの。
「せっかく犯行現場にたくさんのヒントを残してあげたのに、あんまりにも手塚君が僕に気付いてくれないから悲しくなってきてしまってね。きみの愛しい人を殺せば本気になってくれるだろうかと思って、つい殺してしまったんだよ」
僕は笑顔で答える。
「それにあの女、高校時代から気に食わなかったんだ。天才であるこの僕に凡人が勝てるはずないのに、必死になって勉強しちゃってさ。万年二位を取り続けるのはどんな気持ちだったんだろうね」
「黙れ! 七海を侮辱するなっ」
七人目の標的として僕が選んだのは、同じ学校に通っていた七海だった。学生時代から交際を続け、きみと婚約したばかりだった七海。恐怖に瞳を見開きながら必死になってきみの名前を呼ぶその姿は、酷く僕を苛つかせた。これまで同様一撃で殺すつもりが、気付いた時には何度もナイフを突き立て、切り裂いた腹部から臓器を飛び出させてしまっていた。そしてきみを傷つけるためだけに僕は七海を犯した。その精液からようやくきみは僕まで辿り着いてくれた。
「七海が死んだのはきみのせいだ」
僕はこれまでに殺した人達のことを思い浮かべる。もっと早くきみが僕に気付いてくれていれば、彼女を殺すことはなかった。これまでの殺人、その全てがきみに会うためだけのもの。
「……出頭するつもりはないんだな」
「何を今更、本当きみはおめでたい奴だな」
大切な人を殺された今でも、僕の良心を信じようとするきみに笑ってしまう。その優しさこそがきみの魅力でもあり、僕をこれまでの凶行に走らせたというのに。
「もういいだろう。さあ、手に持っているその銃を構えるんだ」
迷いを振り切ったきみは僕の心臓へと銃口を向ける。
瞬間、僕は恍惚の波へとさらわれた。この時を僕がどんなに待ち望んでいたかなんてきみは知る由もない。きみのその瞳が僕だけを映す。
唐突に僕は理解する。ああ、そうか。僕はただ、きみに認めてほしかっただけなんだ。僕という存在を。予想を常に超えていくきみだけが、僕を理解できるのかもしれないと。きみのその瞳の前で僕は天才からただの人間になれる。
交わすべき言葉はもう何もない。
そして、きみは引き金を引いた――。
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LOVE!
・密室(電車、トイレ)、監禁、人に気付かれないように、声を出さずに
・部屋の中で二人きり
・追いかける、追われる、襲われる、襲う、殺される、殺す、首を絞める
・変態、ストーカー、泣きながら許しを乞う、洗脳、一方的に愛す、思い込み
・近未来、地球滅亡、人類管理、世界に二人だけ
・ブロマンス