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02 剣と魔法 「僕を愛していいのは」

 黒々とした木々が生い茂る景色を更に進んだ先にその洞窟は存在していた。巧妙に隠された入口から中を覗き込むと、薄暗い森の中でさえ、更に色濃く闇を宿しているのがうかがえる。その洞穴の奥深くで、拓人たちは一人の男と対峙していた。彼の名は神名かみな。今回の事件は彼がすべて一人で引き起こしたものだった。

「どうして邪魔をするんだ。 私はただ、彼女を愛しているだけなのに!」

 最初は見ているだけでよかった。もし目が合えば、それだけでその日一日中が幸せだった。けれども彼女のことを少しずつ知っていくうちに、想いもまた少しずつ募っていった。私だけを見てほしい。愛してほしい。そんな一方的な気持ちが神名を狂気へと走らせた。

「いい加減、目を覚ましやがれっ。第一、シキミは男だって分かってんのかよ」

 盲目の怪物ルフューと戦いながら拓人は叫ぶ。振り上げられた棍棒を避けつつ、自分の身長ほどもある大剣を易々と扱い、次々と倒していく。

「そうですわよ、貴方はシキミ様には相応しくありませんわ」

 瑠花も習得したばかりの火炎魔法で敵を丸焦げにしていった。

「だから何だというんだい? シキミが女だろうと男だろうと私の想いは変わらないね」

 シキミは自分のせいで神名が凶行に及んだというのにも関わらず、相変わらず戦闘に参加することはなく、後ろから眺めているだけだった。それどころか「神名の言うとおりだよ、拓人。真実の愛の前には性別なんて関係ないんだ。僕が拓人を愛するようにね」なんてちゃっかり敵に賛同しているところにまた腹が立つ。

「元より私の気持ちがきみに理解できるとは思っていないよ。やはり力ずくで彼女を奪い取るしかないようだね」

 神名は懐から杖を取り出し、空中に紋章を描き始める。

「悪魔の交わりにより生まれしものよ、無限なる深淵より封印の鎖を解き放ち、我に従え。出でよ、セルビエンテ!」

 呪文とともにぐにゃりと歪んだ空間、その裂け目から巨大な怪物が姿を現した。全長十メートルほどの体は鱗にびっしりと覆われ、背中には大きな翼が生えている。頭には鶏のようなとさかを持ち、口からは骨をも砕く牙をのぞかせている。涎が地面に滴り落ちると、煙を上げてたちまち岩をも溶かしていった。

「おい、嘘だろ。こんな怪物とどう戦えってんだよ」

 唸り声をあげながら襲いかかってくる怪物に拓人は必死に応戦する。毒涎を交わしつつ、その巨大な体へ切りつけた。が、ぬめぬめとした体液で滑った剣はかすり傷ひとつ与えることすら出来なかった。

「リアフォースメント!」

 瑠花が付与魔法の呪文を唱え、剣にベールをまとわせる。

「私はサポートに回りますから、早くあの気持ち悪い怪物をやっつけてください」

 剣だけでなく、拓人自身へも補助魔法をかけ続ける。

「なるほど、厄介な魔術師だな」

 神名が何事かを呟くと、それまで拓人と向かい合っていた怪物は大きく翼を広げ宙へと浮かび上がった。そして狙いを定めるとすぐさま急降下する。

「瑠花!」

 一瞬の隙を突かれた瑠花は慌てて防御魔法を張ったが、こらえきれず洞穴の壁に打ちつけられる。怪物の牙が腕をかすめたようだ。毒は瞬時に体内を循環する。見る見るうちに呼吸が乱れ、立っていることすらままならなくなった。すぐに解毒魔法を唱えるも

「魔法が、効か、ないわ……」
「いいことを教えてあげよう。この蛇の放つ毒は特殊な性質でね、一切の治癒魔法が効かないんだ。私が独自に調合したこの解毒剤を飲ませない限り、助かることはないだろう」

 愕然とする拓人たち。いくら剣がまともに使えるようになったとはいえ、圧倒的な敵の強さに勝てる見込みなど一切なかった。
 すると、それまで何も言わず眺めていたシキミがようやく口を開いた。

「神名、きみは僕も殺す気なんだね?」

 拓人の制止も耳に止めず、怪物を気にすることなく、神名の方へと向かう。

「まさか! 私がシキミを殺すはずがないだろう」

 愛しのシキミから話しかけられた喜びで頬を赤く染めつつ神名は答える。

「邪魔者を消した後、私と二人だけの世界で生きていくんだ。なんと素晴らしいことだと思わないかい」

 そうだね、とシキミはにっこり微笑み、おもむろに隠し持っていた手鉤を目の前の空間に突き立てた。

――ぶんと、何かが切れた音がした瞬間、怪物の姿が掻き消えた。

「消えた……? お前、何やったんだよ」
「何って、全解除だよ」

 全解除。それは敵味方問わず全ての呪文効果を強制的に消し去る究極魔法だった。剣や魔法が氾濫しているこの異世界の住人ですら、使いこなせる者はいないはずなのに、いつの間に習得したのだろうか。

「何故なんだ、シキミ! 私がきみを心から愛しているのは分かっているだろう」
「僕を殺せもしない奴に用はないよ」

 ただ美しいだけでなく、見ている者の魂を吸い取らんとするばかりの笑みを浮かべながらシキミは答える。

「僕をしていいのは拓人だけなんだから」